下積みを積んでから有名になったりと芸能人には様々な方がいらっしゃいますが、中にはデビュー当時が衝撃で強く印象に残っている方もいらっしゃいます。
なぜ同じ芸能人なのに強く衝撃を受け印象が強く残るのでしょうか?今回はデビュー当時からレベルが超越している女性芸能人をご紹介します!
合わせて男性芸能人もご紹介しますので、それぞれデビュー当時はどのような感じだったのか気になる方は記事を見てみて下さいね!
デビュー当時からレベルが超越してい女性芸能人!25人
ではまずはデビュー当時からレベルが超越していた女性芸能人を見ていきましょう。
中森明菜
中森明菜さんは1982年5月1日にシングル「スローモーション」にてデビューしました。
当初は中森明菜名義ではなく、森アスナという芸名で活動されています。代表作は2枚目シングル「少女A」や1986年の「DESIREー情熱ー」など。
ご本人が本名でのデビューをご希望されたため、デビュー時は芸名を使うことはなかったようですね。
中森明菜さんは1982年に視聴者参加型歌手オーディション番組「スター誕生!」にて合格し、デビューすることとなります。
ちなみにですが1979年と1980年にも同番組に挑戦されていますが、この時は2回とも不合格となっています。理由は「年齢の割に大人すぎる」「顔が子供っぽい」などだったそうです。
1982年と言えばアイドルの当たり年と言われていて小泉今日子、早見優、堀ちえみ、松本伊代、薬師丸ひろ子など現在でも活躍されている方が多く「花の82年組」と呼ばれているほどで、明菜さんもその代表的な存在の一人です。
デビュー当時の明菜さんといえば、可愛らしいルックスと抜群の歌唱力が話題となりました。
可愛らしい見た目からは想像できない力強い歌声には衝撃を受けた方もいらっしゃったのではないでしょうか?
いや・・・可愛すぎますね・・・。この可愛らしい容姿であの力強い歌声を出すんですから衝撃ですね。
デビューした1980年代のシングルの総売上は驚きの約932万枚で当時の女性アイドルの中ではトップで、1985年の「ミ・アモーレ」と1986年の「DESIREー情熱ー」は2年連続でレコード大賞を受賞しています。
明菜さんの年齢で2年連続受賞は当時からするとかなり衝撃なもので、まさに最強のアイドルといって間違いないかと思います。
他にもオリコンランキングの連続一位記録、当時爆発的な人気を誇っていた伝説の音楽番組「ザ・ベストテン」などでも1位数69週を記録するなど歌手としても世間から高い評価を受けています。
1980年代のアイドルの代表といえば松田聖子さんを思い浮かべる方が多いと思いますが、その聖子さんと並んでアイドル2強と呼ばれるほど明菜さんはトップクラスの歌手でした。
その後、歌手活動だけでなく女優としてドラマに出演するなどされていましたが諸事情により活動を一旦休止されています。
後に復帰しておりディナーショーなどを中心に現在もご活躍されています。
明菜さんの歌を聴いたことない方は是非聞いて頂きたいですね。
その当時は生まれていませんが、曲は誰でも聴いたことがあるくらい有名なのではないかと思いますし、明菜さんの歌声には何か心に響くものを感じます。
西村知美
西村知美さんは天然キャラとして大体の方は認知されているのではないでしょうか?1984年に雑誌「Momoco」に掲載され、芸能界デビューしていますがデビュー当時は輝くような美少女で、驚愕された方も多いとか。
Momocoが主催した第1回ミス・モモコクラブではグランプリも受賞しています。今でもお綺麗な方ですが、デビュー当時は可愛らしいという感じでしたね。
ちょっと面影残ってますね。ですが誰が見ても美少女と呼べると思います。
その後、雑誌モデルだけでなくアイドル歌手としてもデビューしています。
歌手としてはデビュー曲である「夢色メッセージ」がオリコン最高2位を獲得しており、1986年12月には「わたし・ドリーミング」で日本レコード大賞の新人賞を受賞するなど輝かしい成績を収めています。
西村さんがアイドルだったと知っている方はどのくらいいるのでしょうね?
他にも女優としても活躍しており、タレントとしてバラエティなど数多くの番組に出演したりとマルチな才能を発揮。ほんわか天然キャラも相まってお茶の間の人気者となりました。
私自身、西村さんがアイドルだったと調べるまでは知りませんでした。現在のイメージだとタレントさんなので、アイドルとして輝かしい成績を収めていたことは全くもって知らず・・・。
お写真を見て頂ければわかって頂けると思いますが、デビュー当時の西村さんは本当に美少女ですね。これは驚愕します・・・。
南野陽子
現在は実力は女優として数々のドラマ映画などに出演しているナンノこと南野陽子さん。デビューした当時はその可愛らしいルックスから絶大な人気を誇っていました。
南野さんは1984年にドラマ「名門私立女子高校」にて芸能界デビューしています。
1985年には「恥ずかし過ぎて」にてアイドル歌手デビューしており、同時期に発売された雑誌「DELUXEマガジン」で36ページの巻頭ページを飾ったことでも話題となりました。
更に1985年8月には舞台「リトルウィミンー若草物語」で舞台デビューもしており、1984年に芸能界デビューしてから1年の間でアイドルデビュー・ドラマ出演・舞台出演と目まぐるしい活躍をされていました。
中々有名になるのは難しいと言われる芸能界でデビューから1年の間にこれだけご活躍されているのは本当にすごいですね。
南野さんを一躍有名にしたのは1985年11月に放送されたドラマ「スケバン刑事Ⅱ少女鉄仮面伝説」ではないでしょうか?スケバン刑事シリーズと言えば現在もリメイク作品が制作されているほどの人気ドラマシリーズです。
南野さんは同ドラマで二代目麻宮サキを演じており、ドラマも好評で南野さんの高い演技力や可愛らしいルックスも話題に。
同ドラマにて一躍トップアイドルの座を物にし、1986年に発売された写真集「陽子をひとりじめ・・・」は女性アイドル写真集の中でも発行部数がトップとなりました。
1987年には「映画スケバン刑事」の主演、ご自身が歌う同映画題歌「楽園door」は初のオリコン一位を獲得、その後も「はいからさんが通る」などヒット曲が連発し、8曲連続での一位獲得を記録しています。
ちなみにですが同名映画である「はいからさんが通る」では南野さんが来ていた袴衣装が評判となり、卒業式などで袴を着用するというスタイルが女性達の間で流行になったそうです。
その後もフジカラーを初めとするCMのイメージキャラクターへの起用、ドラマ「武田信玄」にて1人二役を演じ、ブロマイド年間売り上げ1位を獲得するなど活躍の場を広げ、輝かしい成績を収められています。
現在もドラマを中心にご活躍中の南野さんですが、デビューしてから快進撃が止まらなかった印象がありますね。
アイドルとしてルックスもあったかと思われますが、南野さんの演技力も高かったのでアイドルとしてだけではなく女優としても当時から評価が高かったと思います。
宇多田ヒカル
日本が誇る最強の歌姫宇多田ヒカルさん。日本人であれば彼女の歌声に衝撃を受けた方は多いのではないでしょうか?
宇多田さんは1998年に「Automatic/time will tail」にて衝撃のデビューを果たします。歌声もさることながら低い天井で歌っているMVも結構話題となりましたね。
驚くことなかれ、この時の宇多田さんはなんと15歳。
更にデビュー曲はご自身で作詞作曲をされており、売上枚数は驚異の約206万枚でデビュー曲がミリオンセラーとなり、一躍話題となります。
本当に15歳のやっていることなのかと思わされますね・・・。当時は100万枚行くだけでもすごかったので200万枚という数字がどれほどすごかったのかを物語っています。
ちなみにですが、デビュー曲は当初オリコンチャート10位圏外だったそうです。
この時期のCDは8cm盤と10cm盤があり、それぞれ別物として集計されていたようで合わせた枚数でなかった事もあったとか。
また爆発的に売れた理由として挙げられているのは宇多田さんのお母様が人気演歌歌手の藤圭子さんと言うこともあり、マスコミが取り上げたため話題性もあったのではないかと言われています。
個人的に思うのですがそれは宇多田さんの歌を聴いて頂ければ藤圭子さんの娘だからというものではないのはおわかり頂けるかと思います。
話題性もあったかと思いますが、その後の売上げなども見ると宇多田さんの歌唱力などご自身の力による努力の賜物であることは間違いないと思います。娘だからと言う話題性だけでそこまで記録は伸びはしないでしょう。
1999年3月10日にはアルバム「Fast Love」を発売、初週売上枚数は200万を突破しており、デビュー曲に続きアルバムもミリオンセラーに。
200万という数字だけでも驚愕ですが、この後も爆発的に売れ続け最終的には765万枚になりますがこちらは日本国内のみの数字であり、国外を含めると990万枚と言われています。
765万枚は日本歴代アルバムチャート一位となっており、現在も破られていません。現在の楽曲はデジタル配信が主流になっていることもあるため、恐らくこの記録が破られることはほぼないでしょう。
国外でも約235万枚売上げており、日本だけでなく国外も衝撃を受けた記録だったかと思います。
その後もヒット曲を連発。アルバムも2010年11月「Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2」までデビューから7作連続で首位を獲得。
これは女性アーティストの中では最多の記録となっています。
音楽界の金字塔とも言われる宇多田さん。彼女の登場によって当時の音楽界が変わったと言われているほど、世間に衝撃を与えました。
その美しく力強い歌声は今後も世界に響き渡ることでしょう。
浜崎あゆみ
浜崎あゆみさんは1998年のデビューから歌姫と呼ばれているほど絶大な人気を誇っています。浜崎さんは歌手の前にモデルや女優として活動されていました。
歌手としては1998年に「pocket face」で歌手としてデビュー。
これ以降のオリジナル曲は全てご自身で作詞を手がけており、歌唱力だけでなくマルチな才能を持ち合わせています。曲だけでなく衣装なども本人が厳しいチェックを行っているとか。
浜崎さんを思い浮かべる人はやはり1999年~2000年前半ではないでしょうか?
この期間の浜崎さんはヒットが連発しており、シングル・アルバムの総売上が5000万枚を突破しており、B’zやMr.Childrenに続き史上3組目の記録だったようです。
女性アーティストとしては初の快挙であり、音楽界を圧倒していたことがわかりますね。
また浜崎さんはちょっとギャル系のイメージがあり、当時ブレイクしていた時には女子中高生の憧れの的となっており、ファッションやメイクを真似する人が続出、「女子高生のカリスマ」とまで呼ばれ、ヒョウ柄などあゆファッションは大流行となっています。
流行まで影響を及ぼす浜崎さんがすごすぎますね。
その後もミリオンセラーも続出し、レコード大賞も3連覇するなどの功績を納めています。
特に「SEASONS」は歌詞も含めて印象が強く残っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか?浜辺さんの歌唱力もプラスされてこちらに訴えかけてくるような歌詞は心に響きますね。
この曲は136万枚でミリオンセラーとなっており浜崎さんの代表曲でもあります。
いつ聞いてもいい曲ですね。
当時は宇多田ヒカルさんとともに歌姫と呼ばれていたほど大人気でした。
現在の活動は控えめですが、その実力は本物です。現在はライブ活動が中心のようですが、またテレビであの歌声が聞きたいですね。
仲間由紀恵
現在でもドラマなどでご活躍されている女優の仲間由紀恵さん。私生活では俳優の田中哲治さんとご結婚されており、双子のお子さんがいらっしゃいます。
仲間さんと言えばドラマ「ごくせん」での赤ジャージのメガネ姿が印象に残る方が多いのではないでしょうか?
ごくせんは放送当初特集を組まれるほどの人気シリーズとなり、仲間さんの代表作となりました。「おまえら」という台詞を真似された方も多いのではないですかね?
そんな仲間さんは1993年に地元沖縄の養成学校「沖縄タレントアカデミー」に入学し、芸能界を目指すこととなります。
翌年には沖縄テレビ放送の「青い夏」の一般公募オーディションを受け、グランプリを受賞しドラマに初出演することとなります。こちらが正式なデビューだと思われます。
更に翌年には上記ドラマプロデューサーより芸能界でも有名な事務所であるプロダクション小木を紹介され、上京することになります。
上京後はドラマ出演もしながらアイドルとしても活動しています。仲間さんが歌手活動していたことは正直知りませんでした。
ただルックスがお綺麗な方なのでアイドルなどでも全然やっていけると思いますね。しばらくの間は歌手活動もしながら女優業もやるという感じだったみたいですね。
今とあまり変わらないような気がします。ということはずっと若さを保っているということですね。
2000年にドラマ「TRICK」にて主演を務め一躍話題になりブレイクするきっかけとなりました。
TRICKは後にシリーズ化され、更にスペシャル版や劇場版も制作されるなど大人気シリーズとなり、仲間さんにとってTRICKは代表作となりました。
2年後の2002年には冒頭でご紹介したドラマ「ごくせん」にて主演を務めます。私はこの時に仲間さんを知りましたが、やはり赤ジャージのメガネがないとこれ仲間さん?となるほど赤ジャージ姿の印象が強く残りました・・・。
ごくせんもドラマは3シリーズまで続き、スペシャル版や劇場版が制作されるなどTRICKと同じく大人気シリーズとなりました。
第2シリーズが一躍人気になりましたが、第1シリーズから見ている者としては是非第1シリーズも面白いので見て頂きたいですね。
その後も人気女優の座を物にし2006年には大河ドラマ「功名が辻」に出演、同年のNHK紅白歌合戦の司会、2014年朝ドラ「花子とアン」に出演するなどご活躍されています。今年は朝ドラ「ちむどんどん」にヒロインの母役としてご出演予定です。
仲間さんはデビュー当時というより、徐々に名前を広めていった感じがありますね。
auのCMで歌っていたのは知っていましたが、その前にも歌手として活動されていたことは知りませんでした。演技力も高く素敵な女優さんなので今後もご活躍に期待しております。
瀬戸朝香
現在も女優やタレントとしてご活躍されている瀬戸朝香さん。私生活では元V6の井ノ原快彦さんとご結婚されており2人のお子様もいらっしゃいます。
瀬戸さんは中学3年生の時にスカウトされ、芸能界に入ります。
ちなみにですが、瀬戸さんの地元である瀬戸市にてスカウトが聞き込みをしていたところ、どの人からも可愛い人は瀬戸さんですと必ず声が上がっていたようですね。地元でも可愛い人で有名だったようです。
注目を集めたのが1993年に出演したコーセー化粧品のシリーズ「ルシェリ」です。
このCMに出演したことで注目を集め、翌年に月9枠で放送された「君といた夏」でヒロインに抜擢されブレイク。
こちらは当時のテレフォンカードですが、本当に透明感がすごいですね。
ルシェリのCMでは透き通るような透明感あふれる美しいビジュアルで世間を魅了し、一気に注目を集めることとなりました。この時はまだ高校生ですよね。
その後もドラマ出演を重ね、19歳の時に出演したドラマ「Age,35恋しくて」にて男に依存しない女性役を演じました。
同時期はアイドルとしての扱いが多かったそうですが、芯の強い女性役を演じきったことで女優としても注目を集めることとなりました。
芯の強い女性から悪女まで幅広く演じきり、デビュー時から現在に至るまで女優として高い評価を受けていますね。
それにしてもデビュー当時のルシェリのCMですが、本当に透明感がすごいですね。地元の人が声を上げる理由がよくわかります。
広末涼子
年齢を重ねても可愛い人と言えば広末涼子さんのお名前が上がるのではないでしょうか?現在は40歳を迎えていますが可愛らしいためか本当に若く見えます。
バラエティにご出演された際はちょっとお茶目な一面も垣間見える方です。
そんな広末さんもデビュー当時は衝撃を受けた人の一人です。
1994年に14歳の時にCMオーディションに応募してグランプリを受賞。翌年にクレアラシルのCMにてデビューして同年にドラマ「ハートS」にてドラマデビューもしています。
その後も様々なCMに出演していましたが一躍時の人となるCMにご出演されます。そのCMがドコモポケベルのCMである「広末涼子、ポケベルはじめる」です。
それまで広末さんを知らなかった方は恐らく多かったと思われますので、大多数の国民が目にするCMを見てこの可愛い子は誰だろう?ということになったと思われますね。
可愛らしいルックスの広末さんなので、そんな広末さんに微笑まれたらポケベル買うしかなくなります。
一躍有名となった広末さんの快進撃は止まらず、1997年には竹内まりやさんのプロデュースにて「MajiでKoiする5秒前」にて歌手デビューも果たします。
こちらのシングルは60万枚を記録しており、当時の広末さんの人気が窺えますね。
続く岡本真夜さんがプロデュースするセカンドシングル「大スキ!」もオリコン一位を獲得しています。広末さんはこの曲で同年の紅白歌合戦にも出場していますね。
歌手デビュー年に女性アイドルが紅白に出場するのは1980年の松田聖子さんと岩崎良美さん以来17年ぶりだったらしく、当時広末さんがどれだけすごかったかわかります。
なお2002年を最後に女優業に専念するため歌手活動は休止していますが、2021年に再び竹内まりやさんとタッグを組み「キミの笑顔」をYouTube配信されています。
2002年以降は女優として活動、ドラマはもちろん映画にもご出演されており現在もご活躍されています。2013年には出身地である高知県のイメージキャラクターに選ばれており、県のPR活動もされていることでも有名ですね。
デビュー当時から可愛らしい広末さんですが、可愛らしいだけでなく女優としての評価も高いので今後も頑張って頂きたいですね。
長澤まさみ
ドラマ「コンフィデンスマンJP」でおなじみの長澤まさみさん。スラッとしたスタイルの良さと可愛らしい笑顔が特徴の女優さんですね。
長澤さんのデビューはなんと12歳。2000年1月に行われた東宝「シンデレラ」オーディンションにご応募され、当時史上最年少でグランプリに選ばれて芸能界に入ります。
12歳でグランプリってすごいですね・・・。
同年に公開された映画「クロスファイア」にて映画デビューも果たしています。その後は雑誌「ピチレモン」の専属モデルとなり、モデルでの活動も続けます。
また同年12月にはドラマ「秘密~弁護士迫まり子の遺言作成ファイル~」にてドラマ初出演もされており、グランプリを取ってから立て続けの出演となりました。
2001年にはドラマ「Pure Soul~君が僕を忘れても~」で初レギュラー出演も果たし、2002年には朝ドラ「さくら」、2003年には「ロボコン」初主演、「ゴジラ×モスラ×芽かゴジラ 東京SOS」と「ゴジラFINAL WARS」など女優として活躍。
2003年だとまだ16歳くらいでしょうか?
2004年には大ヒットとなった作品「世界の中心で、愛を叫ぶ」にて難病のヒロインを演じ、自らスキンヘッドにするなどして役に挑んでいました。
この作品で長澤さんは日本アカデミー賞最優秀助演女優賞など多数の映画賞を受賞しており、一躍人気女優となりました。
ちなみに映画の興行収入は85億円の大ヒットとなっており、長澤さんにとっても代表作となるものでした。
その後もドラマや映画などでご活躍されており「巧妙が辻」「ドラゴン桜」「プロポーズ大作戦」「ラストフレンズ」など数々のヒット作にご出演されています。
2006年のドラマ「セーラー服と機関銃」では主演を務め、主題歌である同名タイトルにてドラマの役名である「星泉」名義で歌手デビューもされています。
「コンフィデンスマンJP」シリーズが印象に残っている方が多いかと思いますが、コンフィデンスマンシリーズのような高飛車な女性からラストフレンズのような優しくも芯の強い女性役など様々な役柄を演じることが出来る女優さんなのでこれからも活躍の場を広げていきそうですね。
広瀬すず
今、若手の中でも特に注目されている女優と言えば広瀬すずさんを思い浮かべる方は多いのではないかと思います。
可愛らしいルックスはもちろんですが、その確かな演技力で世間を魅了している広瀬さんのデビュー当時ってどんなものか気になりませんか?
広瀬さんは14歳の時に同じく女優でご活躍されている姉の広瀬アリスさんがモデルを務めていた雑誌Seventeenのイベントに来場。
その時にアリスさんが所属していた事務所の社長が「あの可愛い子は誰?」と周りに訪ねていたそうで、すずさんに声をかけたことがきっかけとなり芸能界に入ることになります。
2012年にSeventeenのモデルオーディションでグランプリを受賞し、同雑誌の専属モデルとして芸能界デビューをしました。
翌年にはドラマ「幽かな彼女」で女優デビューし、同年9月には映画「謝罪の王様」で映画デビューするなど、芸能界デビューから1年ほどで若干15歳にして数々の作品へ出演し、徐々に知名度を上げていきます。
その後も全国高等学校サッカー選手権大会の応援マネージャーを務めていますね。
2015年にはドラマ「学校のカイダン」にて主演を務めており、同年5月に出演した「海街diary」がカンヌ国策映画祭のコンディション部門に出品されて公式上映に出席するなど日本だけでなく、世界にもその名を轟かせます。
また海街diaryでは演技を高く評価されており、数多の映画賞にて新人賞を受賞していらっしゃいます。
そして同年7月には劇場版アニメ「バケモノの子」で声優を初めて務めており、同年のタレント別テレビCM広告主数ランキングでは首位に輝くなどデビューからわずか3年ほどで一躍時の人となりました。
2016年には映画「ちはやふる」にて映画初主演し日本アカデミー賞で優秀主演女優賞を、映画「怒り」では優秀助演女優賞をダブル受賞するなど数々の賞を獲得しています。まだ10代でこの功績は素直にすごいとしか言いようがないですね。
その後も女優はもちろんアニメの声優やモデル活動、更には松田聖子さんの楽曲「瑠璃色の地球」CDデビューも果たすなど年を重ねる毎に広瀬さんが徐々に進化している感じに見えますね。
2019年には連続テレビ小説「なつぞら」にヒロインを務めるなど、勢い止まることなくご活躍されています。
更に2020年にはあの世界的ブランドである「ルイヴィトン」のアンバサダーに就任するなど、日本だけではなく世界にも認知されているあたり広瀬さんの凄さを感じますね。
現在もドラマやCMなど引っ張りだこ状態の広瀬さんですが、デビューからほんのわずかでここまで上り詰めているのはもはや才能だと思います。
まだまだお若いのでこれからも進化していきそうですね。
浜辺美波
美しい顔立ちと確かな演技力で注目を集めている女優の浜辺美波さん。本当にお綺麗な方ですよね。絵に描いたような美人さんです。
実は浜辺さんが子役出身ということは知っていましたか?
2011年に東宝シンデレラオーディションに応募、その時にニュージェネレーション賞を受賞し芸能界に入ります。
同年には映画「アリと恋文」にて主演を務め女優としてデビューしています。ちなみにこの時の浜辺さんはなんと10歳でした・・・。
そんな浜辺さんが注目されたのが2015年に放送されたスペシャルドラマ「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」で浜辺さんはヒロイン本間芽衣子を演じ、一躍注目の的になります。
それまで浜辺さんを知らなかった方でもドラマを見て初めて知った方も多いのではないでしょうか?それだけ演技力が光っていました。
2017年にはベストセラー小説である「君の膵臓を食べたい」で山内咲良を演じたことで更に注目を浴び、話題となります。
同映画では報知映画賞新人賞、日刊スポーツ映画大賞新品賞、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。この年の新人賞を総なめにしました。ちなみにまだ16歳です・・・。
その後もドラマ「賭ケグルイ」の主演を初め、様々なドラマ・映画にて主演を務めており一躍人気女優となりました。今年も年始めからドラマ「ドクター・ホワイト」にて主演を務めていらっしゃいますね。
まだ21歳で芸能界デビューから10年ほどになりますが、この芸歴でこれだけ評価されているのはすごいですね。今後の活躍には大注目です。
桜井日奈子
桜井日奈子さんも若い頃からご活躍されている女優さんの一人ですね。桜井さんはあるCMに出演されたことで知名度が上がった人としても有名です。
2014年に地元岡山が開催した「岡山美少女・美人コンテスト」で美少女グランプリに輝き、芸能界デビューしています。その可愛らしさから岡山の奇跡とも言われているそうです。
桜井さんの知名度が上がったCMと言えばやはり大東建託の「いい部屋ネット」だと思います。
CMでは桜井さんが歌って踊ったりしており、CMに出ている子が可愛いと話題になり、一気に知名度が上がるきっかけとなりました。
その勢いのままに2016年には初舞台を務め、同年7月にはドラマ「そして、誰もいなくなった」にて初出演するなど徐々に活躍の場を広げていますね。
地元岡山に関わる仕事も受けており、自身をモデルとしたVTuber「HINAKO」を初めとした岡山市のPR活動に参加されていることでも有名です。
CMで一躍話題となった桜井さんですが、ただCMに出ているだけではもちろん知名度が上がる理由にはならないと思うので、見た人を魅了させる力が桜井さんにあったのは間違いないと思います。
歌って楽しそうに踊っているのを見るとこちらまで楽しくなりますね。
佐々木希
秋田出身、まさに秋田美人の女優佐々木希さん。いつ見てもお綺麗な方ですね。
佐々木さんは2005年にショップの店員として勤務していたところ、雑誌週刊ヤングジャンプが行っていた全国縦断素人美少女発見グランプリのスタッフの目にとまり、店長の許可も得た上で写真撮影をされたことが芸能界に入るきっかけとなったようです。
にしても偶然とはいえ、すごいタイミングですね。
これはスカウトは放っておかないですね・・・。
その後他雑誌でもオーディショングランプリを受賞しており、この時には芸能事務所から獲得の申し出が結構あったとか・・・。
事務所に所属後は務めていたショップ店員を退職して上京し、PINKYの専属モデル(PINKY休刊に伴い後にnon-noレギュラーモデル)として活動を開始。
モデルとして着実にキャリアを積みながらもタレントとしてテレビにも出演し始めたことで、一躍有名に。
2009年にはドラマ「神の雫」にてドラマ初出演。更に同年には世間の話題をかっ攫ったあのCMに出演しています。
「Fit‘s」の可愛らしい独特な振り付けを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか?
「噛む~とフニャンニャンニャンニャニャ~ン」でおなじみのフレーズのアレですね。こちらを見て佐々木さんを知った方も多いと思います。頭に残る振り付けとフレーズでしたしね。
現在も女優として活動している傍ら、私生活ではアンジャッシュ渡部さんとご結婚されており子供が一人いらっしゃいます。ちょっと色々あったので心配な部分はありましたが元気なお姿を見れているのでホッと一安心しています。
女優の部分は当初色々言われている部分がありましたが、着々と女優として力をつけてきていると個人的には思っております。
世間の声に負けず、佐々木さんらしく今後も頑張って頂きたいなと思います。
宮沢りえ
宮沢りえさんは11歳で芸能界デビューしています。若い頃の宮沢さんはシンプルに言葉で表すと可愛いの一言に過ぎます。
現在も女優として活躍しており、デビュー当時はあどけない感じでしたが今ではすっかり大人の女性になりましたね。
上記に記載したとおり、宮沢さんは11歳にしてモデルとして芸能界デビューしました。当時小学六年生にして、「チャルメラ」のCMにて芸能活動は始めます。
その後に雑誌Seventeenのモデルを務め、1987年には三井リハウスのCMに出演し、初代リハウスガール「白鳥麗子」を務めています。
CMに出演したことで一気に世間の注目を集め、人気に火が付くこととなります。
これは注目集めますね。当時話題になるのもわかる気がします。透明感が半端ないです。
1988年宮沢さんは映画「ぼくらの7日間戦争」にて主演を務め、女優として第一歩を踏み出します。主演した作品では日本アカデミー賞新人賞を受賞し、輝かしい女優人生のスタートを切ります。
翌年にも連続ドラマ初主演を務め、同年9月にはTKこと小室哲哉氏プロデュースの元「ドリームラッシュ」で歌手としてデビューしており、セカンドシングル「NO TITLIST」もオリコン一位を獲得するなど、女優だけでなく歌手としても成功を収めます。
1990年には紅白歌合戦にも出場。歌唱時は紅白初の生中継出演となっており、バスタブに浸かりながら歌唱するという誰もがビックリの演出で話題を呼んだことでも有名ですね。
そして聞いたこともある方が多いと思いますが宮沢さんと言えばあの写真集です。1991年に篠山紀信さんが撮影したオールヌード写真集「Santa Fe」に世間は衝撃を受けたことと思います。ちなみに宮沢さんはこの時18歳です。
人気絶頂時でオールヌードにて挑んだ写真集は瞬く間に大ヒットとなり、売上げは150万部以上と言われています。
その人気は日本にとどまらず東南アジアなどの海外でも発売されるほど世間を話題に包みました。
いや、本当に衝撃でしたね・・・。人気絶頂時だったのでこれからの活動次第で伸びるか悩むかになるかで結構大事な時期だと思いますが、あえて勝負に出たことがより世間の注目を集めたのかもしれません。
衝撃の写真集から伸び悩むこともなく、その後も女優として2001年の香港映画「華の愛~遊園驚夢」でモスクワ国際映画祭主演女優賞受賞、2003年の「たそがれ清兵衛」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、2005年の「父と暮らせば」ではブルーリボン賞主演女優賞と数々の賞を受賞されています。
こうして並べるとすごいですね。
また2021年には自身がブレイクするきっかけとなった三井リハウスのCMに再び白鳥麗子役で出演、当時の宮沢さんはあどけない少女でしたが今回の白鳥麗子は母親となっており、私生活でも母親となっている宮沢さんと白鳥麗子はともに成長していった感じがありますね。
同年には夫で元V6の森田剛さんとともに新事務所「MOSS」を設立しており、まだまだ今後の活躍が期待できますね。
当時のあどけない可愛い少女は立派な母となり、美しくも強い女性となったようです。
夏川結衣
女優の夏川結衣さんはお綺麗な容姿はもちろんですが、実はサバサバした性格であり容姿とのギャップが魅力な女優さんです。よく化粧品のCMなどで見かけるとおり、女性のお手本のような方ですよね。
夏川さんは芸能界入り前は福岡でモデルとして活動していたようですが、活動時にスカウトされ上京します。
一般的に夏川さんは女優のイメージですが、最初はモデルだったのは知りませんでした。
上京後は雑誌「non・no」でモデルとして活動していましたが1992年にドラマ「愛という名のもとに」で女優デビューします。
また翌年には映画デビューしており、翌年にも「夜がまた来る」で映画初主演を務めるなど、ドラマに初出演してから一気に女優の階段を駆け上っていった感じですね。
ちょっと別人に見えますがお綺麗だと思います。夏川さん、恥ずかしいのかワイプの中で笑っていらっしゃいますね。
女優として成功を収めているように見えますが、ご本人は30代前半くらいまで気持ちに余裕がなく、悩んでいたと雑誌で打ち明けています。
これを見て女優としてデビューしてから一気に有名になったため気持ちに余裕を置ける暇もなく、日々女優としてどうしたらいいのかと悩んでいたのかなと個人的には思いました。
現在も女優として活躍しており、CMでも見かけることが多いですね。これからの活躍にも目が離せません。
奥菜恵
現在だと少し露出が減ってしまっていますが女優の奥菜恵さんもデビュー時は話題になった方です。
デビュー時の奥菜さんは綺麗すぎて魔性の女と言われるほどでしたね。デビュー時は13歳ですけども魔性の女ってすごい・・・。
1992年にドラマ「パ★テ★オ」で俳優宝田明さんの娘役で芸能界デビューしています。ちなみに奥菜恵さんは芸名であり、この芸名はこの時の役名をそのまま使っているそうです。
13歳にしてこれだけの美貌なので世間は当然あの可愛い子は誰?という印象を持ったのではないでしょうか?
1995年には歌手としてもデビューしているそうですが、正直女優のイメージが強いので歌手として活動していたことは知りませんでした・・・。
よく女優さんが歌手デビューするという話はありますが、話題になっている方が歌手デビューされている印象なので奥菜さんも恐らくその一人ではないかと個人的には捉えています。
その後は引退報道など色々と世間を騒がせる事態が続いてしまいましたが、現在も女優としてドラマなどに出演しておりますので引退はされていないです。
デビュー時は魔性の女と言われるほどの美しさを持っていた奥菜恵さんですが現在もその美しさは健在です。
露出こそは減ってしまいましたが、女優としても演技力がある方なので、もう少しテレビで見かける機会があると嬉しいですね。
香里奈
女優としてその地位を物にしている香里奈さん。スタイルよし、顔良しの全てが完璧でちょっとクールそうなイメージがあります。
15歳の時にモデル業を開始されています。
ちなみに3姉妹の末っ子であり、同じくモデルの姉で長女のあんなさんと次女のえれなさんがいらっしゃいます。お二方とも芸能界で活動されており、ファッションモデルとして有名な3姉妹と呼ばれることも。
芸能界は上記に記載したとおり、モデルからのスタートで2000年の雑誌「Ray」の専属モデルがデビューと言われています。
その後事務所移籍のため東京へ活動場所を移し、同時期に女優業も開始されています。
2001年にはドラマ「カバチタレ!」でドラマデビュー。私も当時ドラマ見ていたのですが、香里奈さんだと気付いたのは放送が終わって大分後でした。
この時点での香里奈さんはドラマデビューだったので知らなくて当然と言えば当然なのかもしれないです。
こちらはカバチタレ!出演時の香里奈さんですが、今とほとんど変わってないですね。この頃から完成されています・・・。
カバチタレ!に出演以降は徐々に出演作品を増やしていき、2008年には「だいすき!」で初主演を務めます。
このドラマは軽度の知的障害を持った母親という難しい役どころでしたが見事に演じきっていました。役作りのために長かった髪をバッサリ切ってショートヘアでドラマに挑んでいます。
だいすき!出演時には既に実力派とも言われていましたので、このドラマを始め翌年にも3作連続で主演級の役を演じることとなりました。
また化粧品のCMを始め、ニッセンのイメージキャラクターを務めるなど広告塔としてもご活躍されていることで有名ですね。
現在も女優業を続けておりますが、色々あって以前よりはドラマ出演は減っていますが香里奈さんは間違いなく実力派の女優さんですので、演技を見たことない方はぜひ見て頂きたいです。
だいすき!は特におすすめです。
夏帆
夏帆さんという女優さんはご存じでしょうか?もしかしたらタレントとしてご存じの方も多いかもしれませんね。
2000年代の人気番組「学校へ行こう!」にもご出演されていたので、そこから夏帆さんを知った方も多いと思います。私もその一人です。
夏帆さんは小学5年生の時にスカウトされて、2003年にCMで芸能界デビューしまています。
可愛らしい容姿で同年代向けのファッション雑誌「ピチレモン」などでモデルも務めていらっしゃいました。当時の女の子の憧れ的な存在と言えばわかりやすいかもしれません。
非常に透明感があり、可愛らしいですね。当時同年代からは憧れの的であったことは間違いないかと思います。
宮沢りえさんも務めた三井リハウスのCMで11代目リハウスガールにも選ばれており、2004年から3年間CMにご出演されていました。ここから夏帆さんは知名度を上げつつあったようですね。
三井リハウスのCMといえば若手女優の登竜門と言われているほどですから、注目度は高かったかと思われます。
その後もまだ13歳ながらもドラマ「ケータイ掲示 銭形零」にて主演を務め、2007年には映画「天然コケコッコー」にて主演を務めました。
映画での演技が世間から評価されており、日本アカデミー賞などで新人賞を多数受賞するという功績を納めていらっしゃいます。
2008年には主演映画が3本、2009年には人気ドラマ「オトメン」にてヒロインを務めるなど女優として着々とステップアップしていったようです。
2015年に出演した映画「海街diary」がカンヌ国際映画祭に出品されており、この作品でも日本アカデミー賞助演女優賞受賞もされているので、女優としては非常に高い評価を受けているのがおわかり頂けるかと思います。
夏帆さんは女優として現在もご活躍されており、ドラマや映画に引っ張りだこの状態となっています。
河北麻友子
河北麻友子さんと言えばちょっと毒を吐く小悪魔的なイメージを持っている方も多いのではないかと思います。
バラエティ「世界の果てまでイッテQ! 」では出川さんの相方出川ガールとしてご出演されており、出演していた際はお嬢と呼ばれていましたね。
バラエティセンスが光っているのでタレントとして認知度が高い河北さんですが、実はデビュー時に輝かしい功績を納めていらっしゃいます。
河北さんはアメリカニューヨークのご出身であり、英語はペラペラです。
上記に書いたイッテQでは英語がわからない出川さんにヒントを与えるなどして、サポートしていたので知っている方は多いのではないでしょうか?
2003年に女優を目指すために日本へ。有名プロダクションであるオスカープロモーション主催「全国日本国民的美少女コンテスト」にてグランプリを受賞。
同時にマルチメディア賞を受賞しており、芸能界へ入ります。
オスカーの国民的美少女コンテストと言えばかつて女優の佐藤藍子さん(1992年グランプリ)、米倉涼子さん(1992年審査員特別賞)、上戸彩さん(1997年審査員特別賞)らを排出したあの有名コンテストです。
応募者も河北さんの時でも10万人を超えており、その中でグランプリを受賞したことはすごいの一言に尽きます。
上記から少し間が開きますが2005年あたりからドラマにも出演し始めており、2012年には有名ファッション雑誌である「ViVi」の専属モデルも務めていらっしゃいました。
女優よりはタレントとしての素質があるようでバラエティにご出演されることの方が多く、トークには定評がありますね。
特にお昼の番組であるヒルナンデスには約10年間出演しており、この番組から河北さんを知った方も多いのではないでしょうか?
毒のあるトークは好き嫌いが分かれてしまものではありますが河北さんの場合、世間から受け入れられていることが多いところを見ると人を不快にさせないよう言葉を選んでトークをしているような頭の良い印象を持ちます。
一歩間違えば大炎上ですが、そういった話はほとんど聞かないので世間からも自然と受け入れられているのではないかと思っています。
グランプリ受賞時はまだ少女でしたけど、現在はお綺麗という感じですね。バラエティに出ているときはトークがお上手なので安心して見ていられます。
欲を言えばもう一度出川ガールとしての河北さんが見たいなとか思ったりしてます・・・。出川さんのとの掛け合いは本当に面白かったです。
吉川ひなの
吉川ひなのさんは現在テレビ出演が減ってしまっていますが、インスタグラムは更新されていますね。
一時期はカリスマモデルとすら言われていたほどすごい方なのはご存じですか?モデルとして世界的ファッションショーである「パリコレ」にも出演したことがあるほどです。
吉川さんは1991年にスカウトされて芸能界に入ります。百貨店、伊勢丹の広告に出演したのが最初のようです。
白黒でもスタイルの良さと美しさは十分にわかりますね。
1997年の映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」という作品が本格的なデビュー作のようですね。こちらの作品で演技力が評価され日本アカデミー賞新人賞を受賞されています。
女優だけでなく歌手としても活動したことがあり、元チェッカーズである藤井フミヤ氏とタッグを組み「ハート型の涙」で歌手デビューされていますね。
その後も藤井氏とタッグを組んでおり計5曲を発売、その中の一つである「ホットミルク」は映画「ドラえもん のび太の南海大冒険」の主題歌にもなっていたので話題を呼んでいたのは何となくわかりますね。
モデルとしては上記に書いたパリコレへの出演ですね。
パリコレに出演できるのは限られた人のみであり、審査は厳しいと聞くので吉川さんがどれだけモデルとしてすごかったかがよくわかります。
その他女優やモデルだけでなくタレントとしてバラエティへ出演したり、CMに出演したりと2000年前半を中心にご活躍されていました。
現在はテレビ露出が減っていて寂しい感じはありますが、インスタグラムにて近況を発信して下さっています。
白石麻衣
元乃木坂46の白石麻衣さん。デビュー時から可愛い綺麗と話題になっており、あっという間に乃木坂46内では人気メンバーの一人に。
白石さんなら知っているという方もいらっしゃったと思います。七福神の一人とも言われていましたね。現在は女優として活躍中です。
2011年にAKB48の公式ライバルグループとして乃木坂46が誕生し、その1期生オーディションを受け合格しています。
2012年に「ぐるぐるカーテン」にてCDデビュー。オーディション応募は約4万人ほどいらっしゃったようですね。
ちなみに当時の白石さんはダンスが苦手だったようです。今だと堂々と踊っていらっしゃったのでちょっと意外ですね。
2012年には同じく元メンバーである西野七瀬さんとともにモデルデビューもしており、雑誌「Ray」の専属モデルも務めていらっしゃいました。
6枚目のシングル「ガールズルール」にてセンターに抜擢。
乃木坂ファンだけでなく、世間もちょっと驚いたとか・・・。乃木坂46の当時のセンターは生駒里奈さんで固定されていた感じがあったので、生駒さんからセンターが変わったことに衝撃でしたね。
ですので、それまで生駒さんだったセンターが白石さんになったことで、違う子がセンターになっていると興味を持った方いらっしゃったのではないでしょうか?白石さんの存在を世間に認知させたシングルだったと思いますね。
2017年に発売したソロ写真集は週間で約10万部を売り上げ、女性ソロ写真集としては初の週間売上げの歴代最高記録を達成するという快挙を成し遂げており、同年の上半期オリコン本ランキング写真集部門で1位となっています。
白石さん曰く女性にも楽しんでもらいたいという思いがあったそうです。
写真集と言えば一般的に異性が買うイメージが強いですが、同性にも楽しんでもらえたらという白石さんの意向があったからこその売上だったのではないかと思いますね。
同年には「インフルエンサー」が日本レコード大賞の大賞を受賞し、乃木坂46の名前が世間に一気に知れ渡ります。
さらに2018年の日本レコード大賞でも白石さんがセンターを務めた「シンクロニシティ」も大賞を受賞。
この曲はそれまで絶対的なセンターであった生駒里奈さんの卒業曲ということもあり世間から注目されますが、この曲でセンターを務めていた白石さんも注目の的に。
涙ながらにうれしさを語っていた白石さんの姿は印象に残った方が多いのではないでしょうかね?
その後も順調に乃木坂46のエースとして活動していましたが、2020年に同グループを卒業されています。
現在は女優として活動しており、ドラマやCMに出演するなど卒業後も芸能界でご活躍されています。
乃木坂46に入ってからずっとエースとして活躍していた白石麻衣さん。今後はグループの一人としてではなく、女優として頑張って頂きたいですね。
堀北真希
現在は芸能界を引退されている堀北真希さん。2003年~2017年の2月まで女優としてご活躍されていました。
堀北さんは2002年に地元でスカウトされて芸能界に入ります。初出演は2003年のドラマ「いつもふたりで」ですが、この時はわずか数秒の登場だったようです。
その数秒の出演から数ヶ月と経たないうちに同年7月に映画「COSMIC RESCUE」にてヒロイン役を射止め映画デビュー。
さらに10月にはドラマ「ケータイ刑事 銭形舞」にてドラマにも初出演するなど、最初が数秒の出演とは思えぬほど同年には主演級を演じています。
2005年は堀北さんにとって話題となった年なのではないでしょうか?
ドラマ「電車男」では主人公の妹役、全国高等学校サッカー選手権大会の初代応援マネージャー、そして堀北さんの名前が世間に知れ渡るきっかけとなったドラマ「野ブタ。をプロデュース」でヒロインを演じました。
野ブタ。をプロデュースは主題歌も爆発的に売れ、ドラマも人気だったことからこれを機に堀北さんを知った方は多いかと思います。私もその一人だったりします。知らない女優さんだなと思って当時は見ていました。
さらに同年出演した大ヒット映画「ALWAYS 三丁目の夕日」では演技が高く評価され、日本アカデミー賞新人賞を受賞されています。2005年はまさに堀北さんの年といっていいほどですね。
その後も「花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~」にて男装したヒロインを演じたり、2012年にはテレビ小説「梅ちゃん先生」でヒロインを演じるなどドラマや映画を中心にご活躍されていました。そして2012年は紅白歌合戦の司会も務めていらっしゃいます。
2017年にご家庭に専念したいというご本人の希望があったようで同年2月28日をもって芸能界を引退されました。
噂程度ですが堀北さんは山口百恵さんに憧れていたという話があり、百恵さんと同じく芸能活動に終止符を打ってご家庭を優先したいというのもあったのではないかと思われています。
演技力も高い女優さんでしたので引退は残念ではありますが、堀北さんが幸せであればと思います。素敵な演技をありがとうございました。
沢尻エリカ
女優の沢尻エリカさん。現在は諸事情でテレビへ出ることはなくなりましたがその演技力は確かな物だったと思います。
沢尻さんは小学6年生の頃に芸能界デビューし、少女漫画「りぼん」の懸賞ページのモデルが一番初めの仕事だったようです。
2003年にドラマ「ホットマン」にてドラマ初出演、2004年には「問題のない私たち」にて映画にも初出演しています。
翌年に出演した映画「パッチギ!」にて演技が高く評価され一躍注目を浴びることになります。
こちらはパッチギ!のワンシーンですが、まだ10代とは思えないほど大人びた感じがしますね。
沢尻さんといえば「1リットルの涙」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?同ドラマで涙を流した方も多いかと思います。
沢尻さんの演技力も高く世間からも評価され、2006年エランドール賞新人賞などを受賞しています。この作品から沢尻さんの名前は一気に世間に知れ渡りましたね。
翌年には「タイヨウのうた」で主演をつとめ、同役柄名義で同タイトル「タイヨウのうた」で歌手デビューも果たしており、曲も大ヒットとなりました。演技力だけでなく、歌唱力も高くて驚きましたね。
売上は約48万枚だそうで、史上初の5週連続トップ3入りしたことでも話題となりました。
この間の期間は色々ありまして、沢尻さんは表舞台から一時的に姿を消しています・・・。いわゆる「別に騒動」ですね。
2007年9月29日、東京・有楽町の日劇2(TOHOシネマズ日劇)で主演映画『クローズド・ノート』の初日舞台あいさつに出席した沢尻は、壇上で終始腕組みしたまま不機嫌な態度を隠さず、司会の富永美樹が「印象に残ったシーンは?」と質問すると「特にないです」と言い放ち、クッキーを焼いて現場に届けたエピソードを聞かれると「別に」と答えた[4]。
この後涙ながらに謝罪しています。この時の沢尻さんはテレビでは見ない日がないというほど多忙を極めており、こうしなきゃいけないなどの思いが自分の中であったそうで自分が潰れてしまったと後に語っています。
上記の騒動から5年ぶりとなる映画「ヘルタースケルター」にて主演を務めています。
知っている方は知っているかと思いますがこの映画はかなりの体当たり演技で復帰したての沢尻さんの気迫を感じましたね。
5年ぶりですが演技力は衰えておらず高い演技力で見た人を魅了し、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞されています。この辺はさすがとしかいいようがないですね。
2014年は自身の代表作ともいえるドラマ「ファーストクラス」にて主演を演じており、好評だったことから続編が制作されますがこの続編が前作からわずか三ヶ月後には放送開始となり、放送していたフジテレビでは史上初の最短でした。
その後も人気シリーズ大奥を筆頭にして順調にドラマや映画に出演されていましたが、2019年に麻○取り締まり違反の容疑で逮捕されてしまい、それ以降はテレビの出演はありません。
演技力も高く、世間からも評価されていただけに残念で仕方がないです・・・。
高橋由美子
高橋由美子さんは小柄で可愛らしいベビーフェイスが特徴の女優さんです。私からするとドラマ「ショムニ」の日向リエ役のイメージがとても強いですね。
デビュー時の高橋さんは20世紀最後の正統派アイドルと呼ばれていたほど絶大な人気を誇っていました。実は女優だけでなく歌手としても活動していたんですよね。
芸能界入りのきっかけは通っていたバレエ教室の先生からの紹介だったそうです。1989年にドラマ「冬の旅・女ひとり」にて女優としてデビューしています。
もし、バレエ教室の先生が紹介しなかったら高橋さんには出会えなかったかもしれないですね・・・。
翌年には「Step by Step」で歌手としてもデビューしており、この曲はアニメ「魔神英雄伝ワタル2」の主題歌となっています。
人気アニメとのタイアップで高橋さん自身も注目を浴び、この頃くらいからアイドル歌手として本格的に活動を始めています。
デビューしてから間もないですが、人気アニメとタイアップできるのが本当にすごいです。
これは20世紀最後の正統派の美少女と呼ばれていたのがすごくわかりますね。同性でもつい目を向けてしまいます・・・。
その後もアイドルとしての活動を続けながら女優業も並行しており、1994年には人気ドラマ「南くんの恋人」に出演、自身が歌った主題歌も40万枚のヒットとなっていますね。
この年に大人気ドラマシリーズ「ショムニ」にも出演しており、高い演技力で個性的な役柄も演じきったことなどから徐々にアイドルから女優への転身。
歌手活動は1999年を最後にほぼ休止していますが、2020年に30周年を記念してベストアルバムを出しています。現在はドラマを中心に女優として活動されています。
女優のイメージが強い高橋さんですが、1990年代前半にかけて有名なアイドルと活動していたんですね。実は劇場版ちびまる子ちゃんのエンディングなども担当されていたことがありました。
その他にも人気アニメや人気ドラマタイトルがずらりと並んでいるので、当時の高橋さんの人気を物語っているのではないでしょうか?
もちろん女優としても素晴らしい方なのでこれからのご活躍にも期待ですね。
畠田理恵
畠田理恵さんと聞いて現在の人はピンとこないかもしれませんが、将棋の羽生善治さんの奥様と聞けばピンとくる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
畠田さんは1986年~1996年にかけてご活躍された女優さんです。時には歌手活動も行っていたそうです。
畠田さんは1986年に雑誌「Momoco」のイベントで開催された「ミスモモコクラブ」のオーディションにてグランプリを受賞し、芸能事務所にスカウトされて芸能界デビューしています。
デビュー当時の畠田さんはまるでお人形さんのように可愛らしく、正統派の美少女と言われるほどだったそうです。
1987年には「ここだけの話~オフレコ~」でアイドル歌手としてもデビューしています。
この曲の歌詞が少し大胆だったそうですが、その時未成年であった畠田さんがこれを見事に歌いこなしたことが話題となり、同年のレコード大賞を始めとした賞レースにも多く参加されたとか。
難しい歌詞も歌いこなすほどの歌唱力はもちろんですが、正統派の美少女のような容姿もあり世間からは注目を集めていたと思われます。
1990年くらいから歌手活動から女優業へ活動の場所を移しており、数々のドラマにも出演しています。
1996年に将棋棋士の羽生善治さんとご結婚され、芸能界を引退。引退されているので表舞台に出てくることはほとんどないですが、SNSにて羽生さんの情報なども発信していますね。
デビュー当時からの超越男性編!7人
では続いて男性も紹介していきます!
吉沢亮
今でこそお名前を知っている方が多いですが、吉沢さんは実は結構前からご活躍されている俳優さんです。
2009年にアミューズの全国オーディションにてRight-on賞を受賞されたことが芸能界入りのきっかけです。翌年には舞台に初出演し、俳優としてデビューされています。
今と結構イメージ違いますね。今は爽やかな感じですが、この頃はやんちゃっぽいイメージを持ちます。
ちなみにですが吉沢さんがオーディションを受けた動機というのがグランプリには100万円が贈られるということだったそうです。
ちょっと意外・・・。さらに特にやりたいこともなかったという思いもあったようです。こちらは「櫻井・有吉のTHE夜会」で語っていたようです。
2011年には人気仮面ライダーシリーズである「仮面ライダーフォーゼ」にて仮面ライダーメテオ/朔田流星役を演じ、話題となります。
このあたりから徐々に吉沢さんを知った方も多いのではないでしょうか?仮面ライダーシリーズは若手俳優の登竜門的な部分もあるので、注目されていたことは間違いないかと思います。
同年ですが、吉沢さんにとってはドラマデビュー年でもありました。ドラマデビュー年で人気の仮面ライダーシリーズに出演できるのは素直にすごいのではないでしょうか?
2013年にはドラマ「ぶっせん」でドラマ初主演も演じ、俳優として徐々に注目されていきます。
その後も映画「銀魂」や「リバーズ・エッジ」などに出演し、映画「ママレード・ボーイ」では主演に抜擢されるなど一気に人気俳優に。
2019年はテレビ小説「なつぞら」に出演。ヒロインの初恋の人である天陽を演じています。
天陽は悲しい結末を迎える役どころで吉沢さんの演技の高さも相まって「天陽くん、死なないで」など悲しみの声があがり、天陽くんロスなる言葉も出るほど話題を呼び、涙なしには見られないものとなりましたね。
2020年の吉沢さんは様々な賞を受賞しており、エランドール賞新人賞を始めブルーリボン賞助演男優賞、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞されています。
現在も俳優として活躍されており、ブレイクする俳優にも選ばれるなど大人気の吉沢さん。今年はどんな活躍を見せてくれるのでしょうか?
HYDE
その歌声で世間を魅了し続ける歌手のHYDEさん。ロックバンド「L’Arc-en-Ciel」のボーカリストでありながら、音楽プロデューサーとしてもご活躍されています。
作詞作曲もできるマルチの才能を持った方です。
L’Arc-en-Cielの前は違うインディーズグループに所属していたようですが、思うところが色々あったようで後に声をかけてきた同じくL’Arc-en-CielのメンバーであるtetsuyaさんとともにL’Arc-en-Cielを結成させます。
インディーズグループはこの時解散されているようで、活動時期は1990年~1991年くらいのようです。
L’Arc-en-Cielとしては1991年くらいから活動を開始しており、メジャーデビューは1994年「眠りによせて」。
同年にはアルバム「Tierra」を発売するなど本格的に活動を開始しますが、この時点でHYDEさん及びL’Arc-en-Cielは世間からそこまで認知されていなかったのではないかと思います。
事実として初の全国ツアーのチケットがソールドアウトしないという状況があったそうなので、L’Arc-en-Cielを知らないという方の方が多かったと思われますね。今だったら考えられないくらいですが・・・。
翌年は活動を積極的に行っていたようで、アルバムの収録曲を先行披露して回るなどしていたとのことです。
この努力の甲斐あってか同年のライブツアーは初の武道館公演となり、人気を獲得していきました。
1996年には人気音楽番組「ミュージックステーション」に多数出演、1988年には誰もが知る名曲である「HONEY」をはじめとした大ヒット曲を発売し、HONEYと花葬はミリオンセラーを記録しています。
HONEYはL’Arc-en-Cielの中でも最高売上だそうです。この曲で紅白歌合戦にも出場されています。
2001年にはソロとして「evergreen」を発売。2008年にはL’Arc-en-Cielだけでなく自身のソロ活動としてKAZさんとともにロックユニット「VAMPS」を結成しており、国内外合わせて300本以上のライブを行っているそうです。
2005年は大ヒット映画「NANA」にて中島美嘉さん演じるナナが歌う「GLAMOROUS SKY」はHYDEさんが楽曲提供しており、映画とともに大ヒット曲となっています。
一時期この曲はオリコンランキングにずっと入っていたほど大人気でした。
グループとして、ソロとして、時には楽曲提供などの音楽プロデュースなど様々な分野においてその才能を見せているHYDEさん。
曲への熱意も強く、これはこうしたらいいなどご本人の発言からするとそれぞれどうすれば良くなるのかを考えながら活動をしているようです。天才過ぎますね・・・。
柏原崇
柏原崇さんは1994年から活動されている俳優さんです。近年はテレビで見る機会が減っていますが、出演当時は大人気の俳優さんでした。
特に顔立ちが整っているため、女性からの支持は絶大だったとか・・・。俳優の柏原収史さんは弟さんです。
1993年ジュノンスーパーボーイコンテステでグランプリを受賞し、翌年にはドラマ「青春の影」でデビュー。
1995年には映画にも出演し、短い出演だったのにもかかわらず高い演技力が評価され日本アカデミー賞新人賞を受賞しています。
どのくらい短かったのか気になるところですが、アカデミーの新人賞と言うことはかなりの評価だったのでしょうね。
1996年には人気ドラマシリーズである「白線流し」にも出演しています。10年間続いた人気ドラマであり、柏原さんは不器用な優等生を演じられています。
その後も順調にドラマを中心に俳優として活動されていましたが、ご本人が不祥事を起こしてしまったこともあり徐々に表舞台から遠ざかっていくことに・・・。
日本では見かけることがほとんどなくなってしまいましたが、現在は中国をメインに俳優として活動されているようです。
1996年に出演していた「イタズラなKiss」はアジア圏でも人気な作品であり、これをきっかけに中国で俳優活動をしているんだとか・・・。
日本で見れないのはちょっと残念ではありますが、中国でも頑張って頂きたいですね。いつか日本でも素敵な演技が見れると嬉しいです。
佐藤勝利
ジャニーズの人気アイドルグループ「Sexy Zone」のメンバーであり、不動のセンターポジションの佐藤勝利さん。アイドルとしての活動だけでなく、俳優としてもご活躍されています。
実は佐藤さんのデビューはオーディション合格から早いのをご存じでしょうか?
2010年にジャニーズのオーディションに合格し芸能界入りします。驚く事なかれ、事務所へ所属してから約1年後にはSexy Zoneとしてデビューすることになります。
その時の佐藤さんはなんと15歳。事務所へ入ってから日が浅いままデビューすることになりました。
佐藤さんのデビューまでの最短日数は歴代ジャニーズの中でも4位だそうです。
同じく日が浅いままデビューした方は他にもいらっしゃいますが、当時社長であったジャニーさんには佐藤さんに何か感じる物があったのかもしれないですね。
ちなみに同グループの同メンバーである松島聡さんは入所からわずか7ヶ月だったりします。同じくマリウス葉さんも約10ヶ月なのでそう考えるとSexy Zoneって結構すごいグループですね。
佐藤さんはほとんどの曲でセンターを務めており、その存在感を発揮。デビュー時は佐藤さんを知らなかった方がほとんどだったかと思いますが、やはりセンターにいると自然と目がいきますよね。
あの子誰だろう?という感じになり話題を集めていたことと思います。実際私も佐藤さんのこと知らなかったので誰だろうってなりましたが自然と目がいきましたね。
2012年にはドラマにも出演しており、初出演は「ハングリー!」でした。その後も「49」「ブラック校則」など主演なども務めており、俳優としても徐々に注目され始めています。
現在はバラエティ「VS魂」にもレギュラーとして出演しており、先輩達に囲まれながらトークをしている姿はいつもカッコいい佐藤さんとは違ってちょっと可愛い後輩感が出ていていいですよね。
あまりバラエティに出る子ではないのかなと思っていましたが、そんなことはなくバラエティでもしっかり自分の存在感を出せています。今後も活躍の場を広げそうです。
堂本剛
KinKi Kidsの堂本剛さんと言えば抜群の歌唱力。ジャニーズの中だけではなく、音楽界でも名前が必ず挙がるほどの歌唱力を持っています。でも堂本さんは歌唱力だけではありません。
1991年に母に連れて行かれた光GENJIのコンサートで相方となる堂本光一さんと会います。その後、事務所から2-3日預からせて欲しいと言われたそうで光一さんがこれに即答し剛さんも事務所へ入るきっかけとなります。
ちなみにですが、事務所へ履歴書を送ったのは母と姉だったそうで、ご本人は事務所に入るつもりはなかったそうです。
1994年のドラマ「人間・失格~たとえばぼくが死んだら~」や1995年から主演していた「金田一少年の事件簿」は軒のみ高視聴率を記録しており、役者としても高い評価受けています。
特に金田一少年は現在に至るまで後輩がシリーズを引き継いでいますが、金田一少年は堂本さんが一番だったという声が現在でも言われているほどです。
その後も「ガッコの先生」「元カレ」「33分探偵」など人気作で主演を務めていますね。堂本さんの演技は本当に演技力が高いので自然と引き込まれる物があります。
KinKi Kidsとしては1997年に「硝子の少年」でデビューしており、アルバム「A album」も同時発売でしたがどちらもミリオンセラーとなっています。
特に硝子の少年は売上178万枚と言われており、当時の記録だと小柳ルミ子さんの「わたしの城下町」の記録を26年ぶりに更新する快挙だったそうです。
1997年度のシングル売上も2位と衝撃のデビューとなりました。
その後に発売されたシングルが次々とミリオンセラーを記録しており、デビュー作から13曲連続一位の記録はギネスにも認定されるほどの快挙でした。
バラエティや音楽番組の司会ではツッコミやボケなども織り交ぜながらお茶の間を笑顔にしてくれる存在でもあります。本当に何でもできますね。
現在は突発性難聴の件もありますので、活動は控えめですが本当に才能のある方です。無理をしない程度にまた元気な堂本さんが見れたら嬉しいですね。
まずは今まで頑張ってきた分ゆっくりお休み頂ければと思います。
山下智久
山Pこと山下智久さん。ジャニーズ時代はジュニアの頃から人気であり、グループ所属前からドラマに出演するなどしていたので知名度は高かったですね。現在は事務所を退所されています。
1996年に当時ジャニーズの中でも絶対的な人気を誇っていた滝沢秀明さんに憧れジャニーズに履歴書を送り入所。当時ははっきりと合格と言われなかったそうで不安な思いを抱いていたようですね。
ですが、学校で骨折をした祭に、痛み止めを飲んで収録に参加したことから根性があると評価されたことで、レッスンに呼ばれるようになったようです。
デビュー時には既に完成されています。人気が出るのもわかりますね・・・。整いすぎています。
その後は当時ジャニーズジュニアが出演する人気番組「8時だJ」にも出演。当時の8時だJは本当に神番組でした。
1999年にドラマ「っポイ!」にて初主演を務めており、続けて人気ドラマシリーズである「池袋ウエストゲートパーク」にも出演。
さらに「カバチタレ!」「ランチの女王」などの話題作にも多数出演。特にドラマなどの出演も多かったため、当時だと一番有名だったのではないでしょうか?この時のジュニアには生田斗真さんや風間俊介さんらがいらっしゃいます。
2003年にはNEWSが結成され、その中心的なメンバーとして活動されていますが2011年にグループを脱退し、それ以降はソロとして活動を開始。
2005年には「野ブタ。をプロデュース」で共演した亀梨和也さんとともに修二と彰として「青春アミーゴ」を発売。ミリオンセラーとなる大ヒットであり、ドラマも大人気に。
このドラマで山下さんはちょっと個性的な草野彰を演じています。草野彰はドラマオリジナルであり、原作には登場しません。
俳優業も順調でドラマ「クロサギ」を始め、「プロポーズ大作戦」「コード・ブルードクターヘリ緊急救命」など人気作に出演しており、俳優としても大ブレイク。
クロサギは主題歌もご自身が担当されており、主題歌「抱いてセニョリータ」は80万枚を売上る大ヒットとなっています。
2020年にジャニーズ事務所を退所し、現在は海外を拠点に活動していらっしゃいます。
日本での活動は減ってしまっていますが、Instagramなどで近況はご確認できるのでそこは嬉しい点ではありますね。海外での挑戦、頑張って頂きたいです。
神木隆之介
日本の子役出身と言えば神木隆之介さんを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?私も子役出身と言われれば神木さんかなと思ったりします。
子役時代は目がくりくりで可愛らしかったですが、現在はカッコいいの一言に尽きますね。
神木さんは1995年に事務所へ母が応募したことで合格し、CMでデビューしています。1999年にはドラマ「グッドニュース」にてドラマもデビュー。
2000年だけでも5作のドラマに出演しており、その後も多数のドラマに出演。どれも人気作で演技も上手だったので、絞るのが難しいですが個人的に印象に残っているのは「ムコ殿」ですかね?
母子家庭で同級生にいじめられている役でしたが、子役ながら涙を誘う演技は今でもずっと頭に残っています。
顔立ちはあまり変わっていないのですが、小さい頃から可愛らしいイメージはありましたね。その可愛らしさとは裏腹に演技力はこの頃から高いです。
2005年には映画「妖怪大戦争」にて主演を務めており、同映画で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。2006年はドラマ「探偵学園Q」でドラマに初主演しており、同ドラマは後に連続ドラマ化されています。
その後も数々のドラマに出演しており、子役から立派な俳優になりました。
子役は大人になると成功する確率が低いなんて言葉を聞いたことがありますがそんなことはないというのは神木さんがいい例なのではないでしょうか?
また俳優業だけでなく声優業も子役時代からこなしており、2001年には「千と千尋の神隠し」で坊を演じ、2009年には「サマーウォーズ」で主演、2016年は「君の名は。」でも主演を務め、君の名は。は俳優ながらに声優アワード主演男優賞を受賞しています。
同映画は興収ランキングが日本第4位となるほどの大ヒット作となりました。
現在も俳優として活躍されている神木さん。出演作が多すぎて全部紹介したくてもできないのが残念ですが演技力は子役時代から更に磨かれており、個性的な役から正統派の役まで幅広く演じられる俳優さんです。
まだお若いのでこれからももっと伸びていきそうですね。
まとめ
デビューから超越した芸能人をご紹介してきました。デビュー時にすぐ話題となる人もいればデビューしてから時間をかけてじんわりと話題になる人もいらっしゃいましたね。
才能というのもあるかと思いますが、才能の他にもその人の努力だったり考えなどがあって人気になれているのではないかと思いました。これからの活躍にも期待ですね。