「どーでもいいですよ」のフレーズが印象的なだいたひかるさんは、テレビ番組「エンタの神様」で、一躍人気になった芸人です。
そんなだいたひかるさんは「乳がん」を発表して話題になり、闘病しながら芸人として活動しています。
2004年だいたひかるさんは、放送作家の北本かつらさんとスピード結婚した後、離婚しました。
それから2013年旦那さんの小泉貴之さんと結婚しています。その後だいたひかるさんは乳がんの大病を患いますが、小泉貴之さんの献身的な支えで快方に向かっています。
今回は、だいたひかるさんの旦那さん・小泉貴之さんのイケメンな顔画像や職業はアートディレクターなことについて詳しく紹介していきます。
また元旦那さんが北村かつらさんなことや、だいたひかるさんが患った乳がんのことや小泉貴之さんの献身的なサポートで2人の間に子供が授かったことなど紹介していくので是非ご覧ください!
Contents
だいたひかるの旦那・小泉貴之の情報
それでは早速、だいたひかるさんの旦那さん・小泉貴之さんについて紹介していきましょう。
小泉貴之は年下でガチイケメン
出典:jisin.jp/
上記の画像は、だいたひかるさんと旦那さんである小泉貴之さんの夫婦の画像。とてもお似合いの2人ですよね。
画像でわかるように、小泉貴之さんは目鼻立ちがハッキリしたイケメン。結婚を発表した時には、「旦那がカッコイイ」と話題になりました。
小泉貴之さんの年齢は1977年8月14日生まれの45歳、だいたひかるさんは1975年5月25日生まれなので47歳、2歳年上の姉さん女房ですね。
うさたん
職業はアートディレクター
出典:twitter.com/
だいたひかるさんの旦那さん・小泉貴之さんの職業は「アートディレクター」です。
あまり聞き慣れない「アートディレクター」の仕事とは、
- 広告
- WEBサイト
- パッケージ
などのビジュアルデザインの指揮をとる責任者で「AD」と表記されることもあります。
要するにクライアントの要望を実現するために広告などの制作をすること。
いわゆる「デザイナー」や「コーピーライター」に企画のコンセプトを伝達したり、チェックする業務。
中には自分でも手を動かして、デザインを行う「兼任アートディレクター」もおり、小泉貴之さんもその一人です。
小泉貴之さんは、ファッションから文房具など様々なデザインを手掛けており、業界でも有名なんだとか。
担当した作品は、1996年に野口悠紀雄一さんが考案した「講談社」から発売された文房具【「超」整理手帳】。
A4横四つ折サイズで8週間が一覧できるジャバラ式のスケジュール手帳で、長く愛用される文房具商品です。
この人気商品に、小泉貴之さんは2012年から10年近くも携わって、実績があることがわかりますね。
この他にも
- ジープ「Real」の広告
- NIKE WOMENS BRAND BOOK
- パリコレクションの招待状デザイン
- FIATの2014年元旦広告
等、大手企業の広告を多く担当していて、スゴイです!
アートディレクターの平均年収は約550万円ですが、小泉貴之さんはフリーで上記のような大手企業案件も携わっているので、年収は1000万円を超えていると推測されます。
なぜなら電通や博報堂など大手広告代理店のアートディレクターは、年収が1000万円を超えているからです。
だいたひかるさんは、イケメンだけでなく有能な旦那さんと結婚できて理想的ですね。
やる気0男
小泉貴之はモデルの仕事もしていた
有能なアートディレクターな小泉貴之さんは、ルックスを活かして「モデル」としても活動しているそうです。
雑誌「Safari」で愛車と一緒に登場していて、十分「モデル」として通用できますね。
本業だけでなく、色々なことを器用にこなす小泉貴之さんは素敵です。
サルの助
学歴と経歴
小泉貴之さんは「埼玉県川口市」の出身。
高校は「安田学園高等学校」を卒業して、大学は「日本大学理工学部」を卒業後、イギリスでデザインの勉強をしました。
繊維関係のデザイナー、ファッションショーの招待状のデザインを手掛けます。
2005年日本に帰国後、アートデザインコンサル会社「Wieden+Kennedy Tokyo」にアート系デザイナーとして就職しました。
出典:wk.com/
W+K Tokyoは1982年アメリカで代理店を設立してから成功して、世界に進出を果たし1992年日本に進出。
それから異なる文化や言語を強みに、進歩的な広告を生み出しています。
そこでスキルや経験を積み重ねた小泉貴之さんは、2009年退社して現在フリーのアートディレクターとして活躍しています。
フリーになって、スキルを十分に発揮していて素晴らしいですね。
メリー
馴れ初めは文具祭り
だいたひかるさんと小泉貴之さんは、2009年9月に開催された「文具祭り」で、仕事を通して出会いました。
文房具が好きだっただいたひかるさんは「文房具大好き芸人」として、文房具を紹介するイベント「文具祭り」に参加します。
その時、先ほど紹介した【「超」整理手帳】のPRで、小泉貴之さんも参加していました。
「文具祭り」で開催されたじゃんけん大会で、小泉貴之さんは勝ち進んで見事「だいたひかる賞」を手にします。
まさに「運命の出会い」だったんではないでしょうか。
それから交際に発展して半年後、2013年5月25日に2人は結婚しました。ちなみに「5月25日」はだいたひかるさんの誕生日。
結婚記念日も重ねて、お祝いできますね。
妖精
元旦那は放送作家の北本かつら
だいたひかるさんの元旦那さんは、多数の人気番組を担当する有名な放送作家の北本かつらさんです。
上記の画像が北本かつらさん、優しそうな男性ですね。
北本かつらさんのウィキペディアによると
1998年から交際していたお笑いタレントのだいたひかるからプロポーズされ、2006年1月16日に結婚したが、僅か1年で離婚
引用:ウィキペディア
交際期間は8年間で、だいたひかるさんからプロポーズしたとありました。
結婚した時はだいたひかるさんが32歳、北本かつらさんは33歳。
結婚する前の2002年にだいたひかるさんは「R1グランプリ」で優勝して、売れっ子芸人になっています。
仕事で充実して、プライベートでも幸せになりたかったんでしょう。
しかし他にも、だいたひかるさんと北本かつらさんは、出会ってから交際2ヶ月でスピード結婚との情報もありました。
現在は2人は離婚して、別の相手と再婚していますので、詳細は明かされないかもしれません。
それから結婚してわずか1年ほどで、2人は離婚しています。
その離婚理由はだいたひかるさんの不倫と言われており、世間でも話題になりました。
だいたひかるさんがテレビ番組「シャル・ウィー・ダンス」の企画で出会ったのが、社交ダンス・元全日本チャンピオンの二宮清さん。
上記の画像が二宮清さんで、不倫相手とされています。目鼻立ちがハッキリしたイケメンですね。
また二宮清さんはダンスのパートナーの奥さんがおり、ダブル不倫になりました。
このことがきっかけで、だいたひかるさんと北本かつらさんは不仲に。当然の流れでしょうね。
結果的に2007年1月16日2人は離婚しました。
当時の北本かつらさんは、「クイズヘキサゴン」「とんねるずのみなさんのおかげでした」等の24本のレギュラー番組を担当していました。
そんな人気番組を多数抱えて多忙で、ほとんど家に帰れない生活だったようです。
北本かつらさんはブログで
- 「ショックが大きい、胸が苦しい、うまく言葉に出来ない」
- 「僕が情けないのが悪かった」
- 「離婚はお互いに原因がある」
と苦しい胸の内を明かしていました。
だいたひかるさんに愛情があったのに、裏切られたことで苦しんでいること。それでもだいたひかるさんを庇う優しさを感じますね。
妖精
だいたひかるは不妊治療を始めるも乳がんが発覚
2013年に結婚した年齢はだいたひかるさん38歳で、小泉貴之さんが36歳の時。結婚した当時から、年齢的にも子供が早く欲しかったようです。
実は2014年から「不妊治療」を試み始めていたと、だいたひかるさんは自身のブログで明かしています。
そして「不妊治療を始めた時は、親以外は誰にも言わなかった」と説明。
黙っていた理由は「自然を装いたかった。1,2ヶ月病院にかかれば、子供が出来ると思っていた」と告白しています。
2014年頃はまだ不妊治療が特別視された時期とだいたひかるさんは語っており、周囲に言わなかった理由の一つなのかもしれません。
(2021年現在は)不妊治療が「普通」のこととなり、昔の人に比べて子供が出来にくくなっていることが確か。だから結婚して子供が望んでいる夫婦が出来ない場合には、早く病院へ行くことをお勧めします。
引用:中日スポーツ
とだいたひかるさんは不妊治療に挑む仲間に、エールを送っています。
そんな不妊治療に励んでいただいたひかるさんですが、2016年「乳がん」が発覚しました。
当時、だいたひかるさんには大きめのシコリがあったそうですが、不妊治療しているため「胸の変化は妊娠の兆し」と勘違いしていたんだとか。
ですが「不正出血」となり、その際受けた健診で「乳がん」が発覚できました。
もしそこで妊娠していたら、検診はせずに乳がんには気付けなかったとだいたひかるさんは振り返っています。
乳がんという病気は悲しい出来事ですが、乳がんに気付けなければ「子供」どころか「命」までも失っていたでしょう。
そう考えると、だいたひかるさんは早期に乳がんがわかって本当に良かったですね。
だいたひかるさんは不妊治療を始めようと女性に向けて、「治療前に乳がんと子宮を検査してからのが、安全です」と呼び掛けていました。
クロ
乳がんを患うも頑張れたのは小泉貴之の献身的なサポート
不妊治療から乳がんが発覚という予想外の出来事が起き、人生が終わったと呆然としたというだいたひかるさん。
当時の記憶は、衝撃が強すぎて思い出せないんだとか。きっと自分の死までを想像するなど予想外の出来事に、脳が追いつかなかったんでしょう。
生命保険会社ライフネットの新商品の発表会でゲスト出演しただいたひかるさんは、当時の乳がんの闘病について語っています。
2016年1月の乳がん検診で、「右胸のシコリ」が見つかる「ステージ2B」の乳がんが発覚。2月に右胸全摘出手術を受けています。
続けて抗がん剤治療も受け、副作用で髪の毛が全て無くなるなど壮絶な闘病を強いられました。
- 手術後は腕が上がらなくなり、人目を気にして外出が出来なかった
- 関節が痛くて、ペンを持つのも痛かった
- 何もしなくて、だらけている自分が嫌だった
と辛い闘病生活を送っていただいたひかるさん。そんなだいたひかるさんを小泉貴之さんは、明るく声をかけてくれて支えてくれたんだとか。
例えばだいたひかるさんが抗がん剤治療で、髪の毛がハゲ散らかっていると「そろそろ散髪どきじゃない」と小泉貴之さんは声かけ。
また、だいたひかるさんの髪の毛が生えてきた時は「地球の始まりみたい」と笑わせていました。
小泉貴之さんはポジティブな性格で、だいたひかるさんが一日をどう明るく過ごすかに全力を注いでくれたそうです。
他にも抗がん剤治療の影響で真っ黒になった爪にマニュキアを塗ったり、マッサージをしたりなど。
きっと小泉貴之さんも最愛の妻が乳がんで辛く悲しいことも多くあったと思いますが、目の前で苦しんでいる妻のだいたひかるさんの心情を優先して、励ましていたのではないでしょうか。
だいたひかるさんは後に小泉貴之さんのことを「私が出会った人で一番優しい人」だと明かしています。
そんな思いやりのある旦那さんの小泉貴之さんが傍にいてくれて、だいたひかるさんは明るく前向きになれたことでしょう。
本当に理想的な夫婦で素敵ですね。
メリー
だいたひかると小泉貴之の間に待望の子供が!
出典:jisin.jp
乳がんで闘病するだいたひかるさんを常に明るく励ました小泉貴之さんのサポートのおかげで、半年の抗がん剤治療を終えることができただいたひかるさん。
その後は経過観察していましたが、2019年3月に乳がんが再発、25日の放射線治療を受けます。
それからだいたひかるさんは、定期的に検査と薬の注射治療を行っていました。
ですが2020年10月、だいたひかるさんは乳がん治療を辞めて、不妊治療を再開することを決意します。
行っている乳がん治療を辞めることは、乳がんの発転移率は30~40%上がってしまうリスクを伴うもの。
しかしだいたひかるさんは45歳という妊娠できる期限を踏まえて、自分が死んでも小泉貴之さんとの子供を産みたいという夢を持ったこと。
もしかしてだいたひかるさんは自分がいなくなっても、小泉貴之さんに子供がいればと思いやったのかもしれないですね。
そんなだいたひかるさんの命がけの不妊治療は、凍結していた最後の受精卵を移植すると、見事に成功して2人の待望の子供を授かりました。
出産予定日は2022年1月30日。母子ともに無事に出産して欲しいですね。
だいたひかるさんが子供に「人生を楽しめよ」と言いたいそうです。自由に好きなことをして、個性を活かして生きて欲しいんだとか。
だいたひかるさんと小泉貴之さんの子供なら、力強く人生を謳歌することでしょう。
妖精
小泉貴之は常に相手のことを考えられる人物
乳がんが発覚しただいたひかるさんを支えて、闘病中もだいたひかるさんが明るく過ごせるように献身的にサポートした小泉貴之さん。
優しくて理想的な旦那さんですが、更に人物像に迫るべく「アートディレクター」の職業に向いている性格や能力を考察していきます。
「アートディレクター」に向いている性格は3つ。
最初は「人をまとめるのが好きな人」アートディレクターは沢山のスタッフをまとめなければなりません。
その為には、人を巻き込んで行動できる人や人の上に建てるリーダーシップがある人が求められます。
またデザイナーが一生懸命に仕上げたデザインにも、ダメ出しをすることがあり、デザイナーを納得させるような人望や統率力も必要でしょう。
次に「世の中の新しいものに興味が持てる人」世界の動向に目を向け、流行やファッションにも精通することは必要です。
広告業界はもちろん、それ以外にも様々なことに興味関心を持ち、常にアンテナを貼って情報をキャッチすること。
また幅広い知識を吸収する柔軟な姿勢が欠かせません。
最後に「様々な立場の人と接することが得意な人」制作した物を納品するまでには、クライアントなど始め社内のデザイナー・コピーライター・カメラマンなど沢山の人が関わります。
それぞれのスタッフがクリエイティブを発揮して、アートディレクターが中心になってまとめ上げていきます。
クライアントの希望を読み取り、スタッフとスムーズに制作を進めるためには、コミュニケーション能力に長けていなければなりません。
その為には、相手の立場や思いを理解すること、自分の伝えたい事を正しく伝えることが重要でしょう。
それから「アートディレクター」に必要な能力2つを紹介しましょう。
何といっても「美的センスや感性」が一番欠かせません。
クライアントの意向を汲み、売りたい商品や広めたい情報を魅力的なデザインにするために重要なのが、高いレベルの美的センス。
そして表現するのに、豊かな感性と新鮮なアイディアを提供できる感性が必要です。
アートディレクターはデザイナーとは異なり、クライアントとの直接的なやりとりが多くなります。そこで求めらるのが「企画力」
クライアントのニーズを聞き出して、相手の意向に沿うアイディアを形にすべく、企画を考えてわかりやすく相手に伝えることも必須です。
以上のことから、アートディレクターは常に相手のことを考えて、より良い状況になるように行動できる人が多いようです。
まさに苦難なだいたひかるさんに、笑わせたり声掛けして明るい気持ちになるように行動した小泉貴之さんに当てはまりますね。
メリー
まとめ
それでは記事をまとめていきます。
- 小泉貴之さんは大手企業案件に携わるフリーの「デザイナー兼任アートディレクター」で年収は1000万円を超えると予想される
- 本業以外にも小泉貴之さんは、雑誌「Safari」に愛車と共に登場するなど「モデル」としても活動している
- 2009年9月「文具祭り」のイベントで2人は仕事で訪れる。その中のじゃんけん大会で、小泉貴之さんは「だいたひかる賞」を勝ち取るのが馴れ初めである。
- 不妊治療から乳がんが発覚して動揺するだいたひかるを支え、その後も小泉貴之さんは手術や抗がん剤治療で苦しむ妻に明るく声掛けしたり、笑わせたりするなど精神や身体的にも支え続けた
- 乳がんを再発して治療を受けていただいたひかるだったが、子供を産みたいという夢を優先させて2020年10月不妊治療を再開する。すると不妊治療が成功して第1子の子供を授かり2022年1月30日に出産予定である
だいたひかるさんと小泉貴之さんと再婚して、不妊治療から乳がんが発覚するも強い絆で闘病を乗り越えました。
そして念願だった子供も授かり、出産を控えています。
新たな家族が生まれること、幸せな家庭が続くことを願っています!